いや、人ごとではない。
 私は露を吸つて、道に立つた。
 火の見と松との間を、火の粉が、何の鳥か、鳥とともに飛び散つた。
 が、炎の勢は其の頃から衰へた。火は下六番町を燒かずに消え、人の力は我が町を亡ぼさずに消した。
「少し、しめつたよ。起きて御覽、起きて御覽。」
 婦人たちの、一度に目をさました時、あの不思議な面は、上※のやうに、翁のやうに、稚兒のやうに、和やかに、やさしく成つて莞爾した。

 朝日は、御所の門に輝き、月は戎劍の閃影を照らした。
 ――江戸のなごりも、東京も、その大抵は焦土と成んぬ。茫々たる燒野原に、ながき夜を鳴きすだく蟲は、いかに、蟲は鳴くであらうか。私はそれを、人に聞くのさへ憚らるゝ。
 しかはあれど、見よ。確に聞く。淺草寺の觀世音は八方の火の中に、幾十萬の生命を助けて、秋の樹立もみどりにして、仁王門、五重の塔とともに、柳もしだれて、露のしたゝるばかり嚴に氣高く燒殘つた。塔の上には鳩が群れ居、群れ遊ぶさうである。尚ほ聞く。花屋敷の火をのがれた象は此の塔の下に生きた。象は寶塔を背にして白い。

 普賢も影向ましますか。

若有持是觀世音菩薩名者。
設入大火。火不能燒。
由是菩薩。威神力故。

大正十二年十月

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